昨年のCOP26で「1.5℃」が実質的に世界共通の目標となるなど、脱炭素社会の実現に向けた動きが加速しています。CO₂排出量の多くの割合を占める産業界もこの大きな潮流の変化に対応せざるを得なくなっており、すでに多くの企業経営に影響を与えています。今回は産業セクターの中でもCO₂排出量が多く、脱炭素化が最も困難な分野の一つとされる鉄鋼業界にスポットを当て、排出量ゼロを達成するための方法論や企業の取組事例などを紹介しつつ、今後の見通しについて考えていきたいと思います。
CO₂排出量の多い鉄鋼業界
鉄鋼産業は石炭をはじめとする化石燃料をエネルギーとして大量に使用しており、セメントや化学と並んでCO₂排出量の非常に多い産業セクターとなっています。また、一般的にあまり知られていませんが、不純物を取り除くために石灰石などが使用され、その過程で非エネルギー由来のCO₂が発生しています。
図1は2019年の産業セクター別のCO₂直接排出量の内訳(および将来シナリオ)を示しています。2019年の鉄鋼産業からの直接排出量は2.6Gt(うち0.3Gtは非エネルギー由来)であり、世界全体の産業セクターからの直接排出量の1/4を占めています。また、エネルギーセクター全体でみても7%の割合を占めています。加えて、電力の使用などの間接排出量が1.1Gtほど存在し、トータルで3.7GtほどCO₂を排出しています。
鉄鋼の生産プロセス
鉄鋼の生産プロセスは、主に鉄鉱石を原料として用いる「primary production」と、主に鉄スクラップを原料として用いる「secondary production」の2つに大別されます。
「primary production」の代表的な生産プロセスは、現在世界で最も普及している「高炉-転炉ルート」であり、全世界の鉄鋼生産量の7割ほどを占めています。前半のプロセスである高炉では、原料である鉄鉱石を石炭やコークスを用いて酸素を除去(還元)することで銑鉄が生み出されます。また、後半の転炉では、銑鉄から不純物を取り除くことで強度の高い粗鋼が生産されます。「高炉-転炉ルート」は、鉄鉱石などの原料を溶解し、還元するプロセスで大量のエネルギーが必要とされ、その多くを石炭が占めていることからCO₂排出係数が高くなっています。
また、天然ガスなどにより鉄鉱石を個体のまま還元する「直接還元法」も「primary production」の生産プロセスの一つとして使用されています。しかし、日本では天然ガスに乏しいこともあり、生産の事例は今のところありません。本プロセスでは主に天然ガスがエネルギーとして用いられるため、主に石炭を利用する「高炉-転炉ルート」と比較してやや排出係数が低くなります。
一方、「secondary production」の代表的な生産プロセスは、「スクラップを主原料とする電炉ルート」(以下、単に「電炉ルート」とする*2)です。都市鉱山などからリサイクルされる鉄スクラップを主な原料とし、スクラップを電気エネルギーで溶融することで粗鋼が生み出されます。鉄鉱石を主原料とするルートと比較して単位生産量あたりの最終エネルギー消費量が1/8程度であり、非常に効率の良い生産プロセスであることから、CO₂排出係数は他の生産プロセスと比較して大幅に低くなっています。プロセスの一部で化石燃料の熱利用はあるものの、エネルギーの大半を電力が占めています。電力の再生可能エネルギーへの転換は近年急速に進んでおり、その技術もすでに確立されているため、脱炭素化が比較的容易な技術であると言われています。
脱炭素化に向けた排出削減シナリオ
CO₂排出量が多く、排出削減が困難とされる鉄鋼セクターの脱炭素化を実現するためには、技術の成熟度などに応じて段階的に削減を進める必要があります。以降では、パリ協定での「2℃未満目標」を達成するための鉄鋼セクターの削減シナリオを参照し、排出削減のための方法論について検討します。
国際エネルギー機関(IEA)では、2070年までのエネルギーセクター全体のネットゼロおよび「2℃未満目標」の達成を目指すシナリオとして「Sustainable Development Scenario (SDS)」を提示しています。また、NDCを含む各国が公約している政策に基づくシナリオとして「Stated Policies Scenario (STEPS)」を提示しており、目標とのギャップを考慮する際のベースラインとしています。
図2(左)は2050年までの鉄鋼セクターからの直接排出量の経路について、SDSとSTPESそれぞれのシナリオを提示しています。図から見て取れるように、現行の政策のままでは2050年にかけて排出量がほぼ横ばいとなり、パリ協定の目標に整合させるためには大幅な削減努力が必要となります。
図は同様にSDSとSTEPSとの排出量のギャップを埋めるための排出削減手段の内訳を示しています。2030年頃までの短中期的な削減は、旧来からの技術に対するエネルギー効率の改善および資源効率の改善による鉄鋼需要の減少によってもたらされ、2030年時点の追加的な削減貢献の90%を占めています。一方、長期的にはCCUSや水素を用いた製造法など、革新的技術の導入が重要な役割を果たします。
また、図2(右)は2020年から2050年にかけての追加的な(累積)削減量について、削減手段別の割合を示しており、エネルギー効率の改善や資源効率の改善、CCUSが大きな割合を占めています。CO₂排出係数の低い「電炉ルート」のシェア拡大と電力へのエネルギー転換によってもたらされる排出削減は「Electrification(電化)」に分類され、4%の追加的な削減をもたらします。電化による削減割合が比較的小さい結果となっているのは、SDSに限らずSTEPSにおいても、すでに確立された技術である「電炉ルート」のシェア拡大を削減の前提としているためです。エネルギー効率が高く、CO₂排出量を大幅に抑えられる電炉の拡大は、鉄鋼セクターからの排出削減を進めるための最も基本的かつ重要な方策となります。
電炉の普及をさらに進めるためには、原料となる鉄スクラップの調達量を増加させることが重要となります。リサイクルが進んでいない領域での回収率向上や混在する銅などの不純物からの選別技術の向上、それを容易にする製品設計段階での工夫などが求められます。選別技術の向上は、よりグレードの高い鉄製品の原料として鉄スクラップが使用されることを可能にし、電炉法がさらに普及するためにも重要な技術となります。
革新的な生産技術の開発
電炉の導入など既存技術の展開が脱炭素化に向けた重要な手段となることは間違いありません。しかし、今後さらに増加する鉄鋼需要の拡大に対応するためには、引き続き鉄鉱石を主な原料とする「primary production」による生産が必要とされており、現在はまだ実用化されていないCCUSや水素を用いた製法などの革新的な脱炭素技術の開発が求められています。
CCUSは2020年代後半からその導入が進むと言われており、SDSではCCUSを備えた設備による粗鋼生産量が2050年に全体の15%を占めるようになります。上記の「高炉-転炉ルート」や天然ガス等を用いた「直接還元法」での設備をCCUS付とすることで、石炭などの化石燃料の消費によって発生するCO₂を回収・貯留することを想定しています。
一方で、水素を用いた技術として、水素による「直接還元法」(以下「水素還元法」とする)が挙げられます。水素還元法ではコークスに代わる還元剤として「水素」が使用されます。従来の高炉によるプロセスでは、コークスを用いて鉄鉱石を溶融・還元させる過程で大量のCO₂が発生しますが、「水素還元法」では燃料電池と同様、鉄鉱石を還元する過程で基本的に水(H₂O)のみが排出され、CO₂の排出はゼロとなります。再生可能エネルギー由来の水素(グリーン水素)と組み合わせることで、ライフサイクル全体での脱炭素化を実現することが可能となります。従来の天然ガス等を用いた「直接還元法」とプロセスは似ているものの、原料を水素100%とするためには既存の生産設備に代わる新しい技術が必要とされています。「水素還元法」は2030年代中盤から商用化が進むと言われており、それまでは既存の生産プロセスでの原料の一部を水素で代替する「水素混焼」が経過措置として活用されると言われています。
企業の動向
国内外の各鉄鋼メーカーも脱炭素化に向けたロードマップを次々と公開しています。図3は日本最大の鉄鋼メーカーである日本製鉄の2050年カーボンニュートラルに向けたロードマップになります。短中期的には既存技術の高度化や生産効率の向上を進め、長期的には水素還元法などの新しい技術の導入を目指すという点では、IEAのシナリオと整合する内容となっています。日本製鉄の場合、現状で「電炉ルート」での生産の割合が少ないため、本格的な電炉での生産開始は2030年頃を見込んでいます。「Super COURSE50」は従来の高炉を改造し、コークスに変えて水素を還元剤として最大限活用する技術ですが、100%を水素で代替することはできず、CCUSと組み合わせた運用を想定しています。
今後の見通し
繰り返しになりますが、鉄鋼セクターでの脱炭素化は非常に困難であり、カーボンニュートラル達成に向けた最後の障壁となることが予想されています。CCUSや水素還元法などの技術は現時点で確立しておらず、実現可能性やコストなどの観点で、多くの課題が残されています。まずは、スクラップベースの「電炉ルート」による生産を拡大するなど、すでに商用化されている技術の展開を進めることが重要となります。サーキュラーエコノミーの観点からも、都市鉱山から鉄スクラップへのリサイクルを拡大していくことは非常に重要であり、鉄スクラップと親和性のある「電炉ルート」は脱炭素・資源循環の両面から期待の大きい技術であると言えます。見通しのつかない「非連続のイノベーション」に過度に期待するのではなく、今ある技術を最大限に活用し、スピード感を持って取り組むことが求められます。
出所・注釈
*1 出所:IEA, Energy Technology Perspectives 2020, p149
*2 正確には直接還元法によって生み出された銑鉄から粗鋼を生産するプロセスでも電炉が使用されますが、一般的に「電炉ルート」はスクラップを主原料とする生産プロセスを指すことが多いため、本記事では単に「電炉ルート」と表記しています。
*3 出所:IEA, Iron and Steel Technology Roadmap, p75
*4 出所:日本製鉄ホームページ https://www.nipponsteel.com/csr/env/warming/zerocarbon.html
参考文献
IEA, Energy Technology Perspectives 2020, 2020
IEA, Iron and Steel Technology Roadmap, 2020
日本製鉄カーボンニュートラルビジョン2050、2021年3月30日https://www.nipponsteel.com/ir/library/pdf/20210330_ZC.pdf