パリ協定での目標である「21世紀後半のできるだけ早い時期の脱炭素化」を実現させるためには、全ての産業セクターが脱炭素化にむけた取組を加速させる必要があります。CO₂の排出源として大きな割合を占める自動車業界も例外ではなく、既に電気自動車など次世代の環境対応車の開発・普及が進んでいます。本記事では、今後自動車業界が進むべき方向性と目標達成に向けた技術的・政策的課題について考察します。
運輸セクターが目指す脱炭素化
現状で、自動車を含む輸送機器の多くはガソリンなどの化石燃料をエネルギー源としています。発電所などで化石燃料を利用するケースと違い、輸送機器から排出されるCO₂はCCS(炭素回収・貯留技術)などにより回収することが現実的ではありません。したがって、運輸セクターが脱炭素化を目指すことは、基本的に原動力としての化石燃料からの完全脱却を意味します。しかし、トラックや航空機、船などの長距離輸送手段での脱炭素化は特に難しく、大胆な政策導入や大規模な技術革新がなければ達成できないといわれています。
IEAのB2DSシナリオ※1で算出されている運輸セクターを含む各産業セクターのCO₂排出経路を図1に示します。B2DS は2100年までの気温上昇を1.75℃までに抑えることを想定したシナリオです。2014年時点で、運輸セクターでのCO₂排出量は全排出量の28%を占めており、B2DSでは2060年までに排出量を83%削減することが求められています。
乗用車の脱炭素化
輸送機器の中でも乗用車は他の高負荷輸送手段と比較して化石燃料からの脱却が進みやすいと言われています。電気自動車(EV)はゼロエミッションカーの代表格であり、2016年時点での世界での普及台数は2百万台となっています※1。しかし、全世界の自動車台数に占める割合は0.2%に過ぎず、広域的な普及が進んでいるとは言い難い状況です。B2DSシナリオでは、EVの急速な普及の必要性を指摘しており、2030年までにOECD加盟国および中国における自家用乗用車※2の新車販売台数の32%がEVとなることを指摘しています。
EV以外の環境対応車としては、バイオディーゼルなどを燃料とするバイオ燃料対応車や、水素を用いた燃料電池車(FCV)などが考えられます。バイオ燃料対応車の技術的障壁は比較的低いと考えられますが、持続可能な形で調達できるバイオ燃料の総量が全世界で限られていることが課題に挙げられます。したがって、陸上貨物や空輸、海運など、電気への切り替えが難しい輸送手段での利用が優先されると考えられています。また、FCVはEVと比較して航続距離が長く、燃料の充填時間が短いなどの高い潜在能力を持つものの、水素充填設備などのインフラ整備が遅れており、本格的な普及に向けて高い障壁があるのが現状です。B2DSでは既に商用化されている、あるいは2060年までに商用化が可能なもの技術を前提としており、燃料電池などの水素関連技術のポテンシャルは非常に低く見積もられています。
以上に述べたような技術的・社会的背景から、乗用車の脱炭素化の主な担い手はEVであると考えられています。B2DSにおける車種別の普及想定を図2に示します。パリ協定の目標達成のためにはEVを中心とした環境対応車の急速な普及が必要不可欠であることが図からも読み取れます。
貨物車の脱炭素化
トラックなどの貨物車は、輸送距離の長さや積載重量の大きさから、乗用車と比較して脱炭素化が難しいとされています。したがって、EVへの転換だけではなく、バイオ燃料やFCVなどの技術を幅広く取り入れることが必要であるとされています。B2DSにおける貨物車の車種別の普及想定を図3に示します。自家用車に比べてEVの普及率が低く見積もられていることが読み取れます。バイオ燃料は陸上貨物車における2060年の最終エネルギー消費量の22%(5.8EJ)を占めるとされ、脱炭素化の一役を担うとされています。一方で、FCVは自家用車と同様に、その技術展開の可能性は非常に低く見積もられています。
東京モーターショーでの所感
ここまでは主にシナリオで想定される未来について紹介をしてきました。しかし、実際には想定されている水準よりも早いペースで技術革新が進むことも、その逆のケースも考えられます。現在の自動車業界の低炭素技術がどの程度まで進んでいるのかを確かめるべく、国内外の自動車の最新技術が集結する「東京モーターショー」に参加してきました。
乗用車メーカーで一際目を引いたのが、海外メーカーからの唯一の参加であるメルセデスベンツでした。バラエティーに富んだEVが展示されていた他、EVとFCVのハイブリッド車など先進的なモデルが公開されており、脱炭素化に向けた明確な意図が感じられました。国内メーカーでは日産やマツダなどがEVの新型モデルを公開していました。日産は競合メーカーに先駆けて2010年にEVを発売して以降、継続してEVの開発に注力している姿勢が伺えました。トヨタは高級ブランドであるレクサスからEVのコンセプト車を公開したほか、FCVの先駆けである「ミライ」の次世代モデルの展示を行っていました。
また、環境省の展示ブースでは、セルロース由来の繊維であるカーボンナノファイバー(CNF)を使用したモデルが展示されていました。CNFは軽くて強度が高いことが特徴であり、CNF複合樹脂として車体や部品などの材料に使用されることが期待されているそうです。軽量な車体を実現することは自動車の燃費向上につながるため、高機能素材の開発によって自動車の脱炭素化を促進することができると言えます。また、従来の化石燃料由来の炭素繊維と比べてCNFは強度では少し劣るものの、植物由来のカーボンニュートラルな素材であることから、廃棄の段階でのCO₂排出量削減にも貢献する素材であると言えます。
一方、トラック各社でも脱炭素に向けた動きが見られました。三菱ふそうトラック・バスでは2017年に世界初の電気小型トラックの販売を開始していますが、新たに同技術を応用したFCVのモデル車を展示していました。販売の予定は現時点でないそうですが、将来的なFCVの普及を見越しての先駆的な開発と言えます。また、いすゞ自動車も小型トラックのEVを公開するなど、トラック業界でも小型のものを中心に少しずつEV化が進んでいる印象を受けました。一方で、バイオ燃料を使用したモデルの展示はなく、開発に力を入れていくと答えたメーカーはありませんでした。
脱炭素化に向けた現状と課題
東京モーターショーに参加した企業の大半は国内メーカーでしたが、国内でもゼロエミッションカー、特にEVの開発が広がっている印象を受けました。FCVについては車体の開発自体は進んでいるものの、水素充填設備などのインフラ整備が遅れていることから、本格的な普及に向けて高い壁に直面していると言えそうです。また、B2DSで主に貨物車でその役割が期待されているバイオ燃料対応車の展示が見られなかったことは意外であり、今後の課題となる可能性があります
また、モーターショーへの参加は少なかったものの、海外メーカー各社もゼロエミッションカーの開発に力を入れています。フォルクスワーゲンでは11月にドイツ国内の工場でEVの量産を開始し、2020年に同工場でのエンジン車(ガソリン・ディーゼル)の生産中止を予定するなど、脱炭素経営への転換姿勢が伺えます。また、EV専門メーカーであるテスラは2021年にドイツに新工場を設立する計画を表明し、米中欧の3拠点でEVの供給体制が整備される見通しです。また、唯一の参加であったメルセデスベンツも日本勢と比較してゼロエミッション化に注力している姿勢が伺えました。
国内で自動車業界が脱炭素化に向かうためにはEVを中心とした更なる技術革新とインフラの整備が必要不可欠です。そのためには政府が脱炭素化に向けて明確なビジョンを打ち出し、技術開発のインセンティブを与えることが重要であると考えます。韓国では2040年までに国内累計620万台のFCV生産を目標に掲げるなど「水素社会」の実現に向けた方向性を明確化し、FCV技術に強みを持つ現代自動車と官民一体となって取組を進めています。100年に一度との変革期と言われている自動車産業において、高い技術力を持つ日本が改革の主導者となることを期待しています。
出典・注釈
※1:IEA, Energy Technology Perspective (ETP) 2017, 2017
※2:正確にはLDVs(light-duty vehicles)を指す。
参考文献
IEA, Energy Technology Perspective (ETP) 2017, 2017