2050年カーボンニュートラルの必要性
10月26日、菅義偉首相は所信表明演説の中で「2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」との政策目標を表明した。この宣言以降、排出削減目標の引き上げや環境経営計画の見直しを行う企業が現れるなど、影響が広がってきている。
そもそも2050年までの脱炭素化は、世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑えることを念頭に置いた目標である。気温上昇によって豪雨や猛暑などの自然災害による影響が拡大することは多くの科学者により指摘されてきたが、2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)から公表された「1.5℃特別報告書」では、自然災害による被害を最小限に抑えるために、気温上昇を1.5度以内に抑えることの重要性が示された。当報告書の公表以降、「1.5℃目標」がグローバルスタンダードとなり、目標達成に必要なCO₂排出削減経路として「2050年までの脱炭素化」が世界の共通目標となりつつある。
日本で2050年までに脱炭素化を達成することは容易ではないが、世界全体で脱炭素を達成しなければならないことを考慮すると、先進国としての「最低限の目標」であるとも言える。2019年における日本の温室効果ガス排出量は1990年以降の30年間で最も少ない値を記録した一方で、世界全体の排出量は過去最大となると見込まれている。日本社会の成熟度や技術力を考慮すれば、発展途上国に先んじて脱炭素化を進めることは可能であり、先進国としての義務でもある。
2050年カーボンニュートラルの達成に向けた道筋
菅首相の宣言を受け、「本当に脱炭素化が可能なのか」と疑問を抱く読者も多いと推測するが、既に多くの国際機関・団体がカーボンニュートラル達成に向けたシナリオを公表している。国内ではWWFジャパンが12月、日本における脱炭素化の道筋を示した「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」を公表した。
本シナリオによると、自然エネルギーの活用や水素などの新技術の開発・展開により、2050年のカーボンニュートラルは実現可能としている。化石燃料の使用量も大幅に削減され、2050年においてはCCS(Carbon Capture and Storage:炭素回収・貯留)付きの火力発電所がわずかに稼働するにとどまっている。原子力の利用も、現在稼働中または再稼働の許可を得た発電所を運転期間である40年稼働させた場合のみを考慮するなど、最低限の利用を前提としている。
原発への依存度など、シナリオによって前提条件や見通しが異なるのは当然であるが、日本が脱炭素化を達成するために重点的に取り組まなければならない課題として主に以下の3つの項目があると考える。
- 電化の推進
- 再生可能エネルギーの活用
- 電化が困難な熱利用の脱炭素化
再生可能エネルギーの活用についてはもはや異論を持つ読者は少ないだろう。日本は資源の少ない国と言われ続けてきたが、再生可能エネルギーのポテンシャルは非常に高く、国内のエネルギー需要のすべてを賄うことも十分に可能である。原子力やCCS付き火力発電は安全性や経済性、環境への影響、技術力の観点から課題が多く、脱炭素化の主要な担い手となることは考えにくい。
電化の促進も重要な観点である。乗用車ではガソリン車から電気自動車(EV)への移行が進みつつあるが、エネルギー源を化石燃料から再エネ由来の電気に切り替えることでCO₂の排出を抑えることができる。水素を用いた燃料電池車(FCV)の拡大も検討されているが、電気から水素への変換の際にエネルギーロスが発生するため、電気は電気のまま使用することが基本的には効率的な方法である(ただし、FCVは燃料の高速充填が可能であるなど、EVにはないメリットもある)。
最も難しいとされているのが熱利用の脱炭素化である。上記の乗用車は重量が小さく、航行距離も短いため、比較的電気への切り替えが容易とされているが、トラックや船舶、航空機などの「heavy-duty」な輸送手段の電化を進めることは非常に困難であると言われている。また、鉄鋼やセメント、化学など、製造プロセスに高温の熱が必要とされる産業分野でも多くの化石燃料が使用されているが、これらをすべて電気に切り替えることも同様にハードルが高い。
熱利用の脱炭素化を進める鍵として注目されているのが水素である。水素は石炭や天然ガスに代わる燃料としてのポテンシャルがあり、再エネ由来の電気で製造すればCO₂フリーの燃料となる。現状では製造コストやインフラ整備などの観点で実用化には程遠いが、2017年に策定された「水素基本戦略」の大幅な見直しが進められているなど、水素社会の実現に向けた動きが本格化しつつある。
今後の展望
菅首相のカーボンニュートラル宣言は日本が目指すべき方向性を明確にしたという意味で非常に大きな意味を持つが、残念ながら実現に向けた具体的なビジョンが定まっているとは言い難い。昨年のCO₂排出量は1990年の排出量とほぼ同等であり、ここ30年間でCO₂削減のための対策がほとんど進んでいない中で、2050年までの30年間で排出量をゼロにするためには抜本的な社会構造の変革ならびに技術革新が必要不可欠である。国や地方自治体、企業、研究者、NGOなど、様々な主体によるパートナーシップを強化し、共通の課題に向けて取り組んでいくことが重要となる。
参考文献
WWFジャパン、脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ、2020