カーボンニュートラル達成にクレジットは活用できるか

クレジット

昨年10月、菅首相が所信表明演説において2050年カーボンニュートラル達成を宣言した後、多くの企業が追随する形でカーボンニュートラル達成に向けた方針を公表している。しかし、これらの目標にはいわゆる「クレジット」を活用し、自社の排出量をオフセットすることを前提とするケースも含まれている。本記事では企業のカーボンニュートラルの達成にクレジットを活用することの是非について考察する。

クレジットとは?

クレジットとは、CO₂削減効果を定量的に示し、排出権として取引できる形態にしたものである。例えば、国内の制度である「J-クレジット」では、省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの導入、適切な森林管理などの取組による削減効果をクレジットとして創出できる※1。図1に示す通り、本制度ではベースライン排出量(対策をしなかった場合のCO₂排出量)とプロジェクト実施後の排出量との差を「排出削減量」として認証している。クレジットは売却することで利益を得られるほか、自社の排出量のオフセットにも活用できる。

図1 排出削減量の概念

排出量の「埋合せ(Compensation)」「中和(Neutralization)」とはどのような手法か

現時点で多くの企業がカーボンニュートラルを宣言しているが、その対象範囲や削減方法は様々であり、共通のルールは存在しない。しかし、今後は自社の排出量に加え、上流や下流を含めたサプライチェーン全体での排出量ゼロを目指すことが標準になると想定される。SBTにおいてもスコープ1、2(自社の直接・間接排出量)に加えて、スコープ3(上流および下流での排出量)を含めた削減目標を設定することが認定取得の条件となっている※2。これは、例えば自動車メーカーが工場での排出量をゼロにするだけではなく、自動車走行時の排出量もゼロにしなければならないことを意味する。しかし、鉄鋼や化学、セメントなどの素材メーカーは生産過程で大量のCO₂を排出し、脱炭素化が極めて困難な業界であることで知られている。

これらの業種に対する救済措置として考えられるのが排出量の「埋合せ」および「中和」である。まず、サプライチェーンの外側での削減貢献量をクレジットとして創出し、サプライチェーンでの排出量をオフセットするというのが排出量の「埋合せ」の概念である。たとえば鉄鋼の場合、排出量の多い高炉材から電炉材への移行を進めた場合、その差分が社会全体のCO₂排出削減量となる。それをクレジット化し、削減が困難な生産過程での排出量をオフセットしようという考えである。一方で、排出量の「中和」はサプライチェーンの内外を問わずCCSや植林などにより大気中のCO₂を回収・貯蔵することを想定しており、同様に排出量のオフセットの手段として活用が見込まれる(ただし、植林などは一時的にCO₂を森林にストックするだけなので、中和に対する永続的な効果があるかは不明である)。

カーボンニュートラルに「埋合せ」および「中和」は活用できるか

先にも述べたが、現在カーボンニュートラルを宣言している企業が排出量の「埋合せ」および「中和」を前提としているケースも少なくない。例えば日本企業で初めてRE100に加盟したことで知られるリコーは2017年4月に、2050年までに「バリューチェーン全体のGHG排出ゼロを目指す」ことを目標に掲げているが、スコープ1、2の排出については「社会で認められている制度を使って相殺し”ネットゼロ”とする※3」としており、クレジットの活用等による「埋合せ」を手段として含んでいる。

しかし、カーボンニュートラルの達成手段としてクレジットの活用を前提とすることが妥当であるかどうかは議論の余地がある。それは、社会全体が「低」炭素ではなく「脱」炭素社会を目指さなければならないことに起因する。以下では、排出量の「埋合せ」および「中和」のそれぞれのケースにおいて、クレジットの位置づけを整理する。

排出量の「埋合せ」の場合

先にも述べた通り、クレジットとしての価値は「ベースラインの排出量からどれだけ削減できたか」である。社会全体が脱炭素化されるのであればこのベースラインも当然CO₂フリーとなるわけであり、自社製品をどれだけ低炭素化させてもその差分を価値として算定することができなくなる。したがって、脱炭素化への移行の過程での活用は十分見込まれるものの、カーボンニュートラル達成手段としてクレジットの活用を位置付けることは適当ではないと思われる。

図2 排出量の「埋合せ」

排出量の「中和」の場合

現在の事例はないものの、将来的にCO₂を大気中から「回収・貯蔵」した量がクレジットとして創出されることは想定される。例えば自社製品が排出するCO₂よりも多くのCO₂を回収・貯蔵することができれば、その製品は「カーボンネガティブ」の製品となり、ベースラインの製品がCO₂フリーとなっても排出量の差分が発生し、クレジットとして価値が創出できると考えられる。したがって、炭素回収・除去によって生じたクレジットについてはカーボンニュートラル達成手段として活用できる余地があると考えられる。

図3 排出量の「中和」

※CCSの効果や経済性、環境への影響は未知数であるため、実現するかは不透明であるが、概念としては存在し得る。

カーボンニュートラルの定義に関する今後の見通し

以上で述べた通り、カーボンニュートラルの達成にむけては、自社サプライチェーンを完全に脱炭素化させるだけでなく、サプライチェーン外での「埋合せ」や「中和」などの手法を補助的に活用することが想定される。SBTはこれらに対する基本的なコンセプトを昨年12月に公表しており※4、今後詳細なルール作りを進めるとしている。ただし、炭素回収・貯留などの活用規模は限られていることから、排出削減が極めて困難な分野に対して例外的に設けられる措置としてとらえることが妥当と思われる。いずれにしても、自社サプライチェーンでの排出量削減にすべての企業が優先的に取り組まなければならないことは間違いない。


出所・注釈

*1 J-クレジット制度ホームページ 
*2 スコープ3の割合が40%を下回る企業は、スコープ1+2のみの目標設定も可。
*3 出典:リコー「ニュースリリース『リコー、経営戦略に基づき重要社会課題と新たな環境目標を設定~国連SDGsとパリ協定発効を受け、事業を通じた社会課題解決を強化~』」(2017年4月)
*4 CDP “FOUNDATIONS FOR SCIENCE-BASED NET-ZERO TARGET SETTING IN THE CORPORATE SECTOR” (2020年9月)

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