6月11日、G20大阪サミットの開幕に先駆けて、パリ協定において策定が求められている「長期低排出発展戦略(長期戦略)」が閣議決定されました。この中で、気候変動問題に対する戦略として、「イノベーションの促進」、「グリーンファイナンスの促進」そして「ビジネス主導の国際展開・国際協力」の3つを柱に掲げています。
G20を前に日本が世界に向けて脱炭素化に向けた画期的な戦略を公表することが求められていた中、結果として期待を大きく裏切る内容になったと言わざるを得ません。
唯一評価できる点としては、2050年以降、最終到達点として脱炭素社会の実現を目指すという文言が盛り込まれたことですが、脱炭素社会を実現するためのプロセス・施策に関して、疑問を呈さざるを得ない点が多く見られます。
本戦略の抱える問題点
本戦略の抱える大きな問題点として、以下の項目が挙げられます。
① 脱炭素化をになうエネルギー源として原子力を位置付けており、再生可能エネルギー100%の社会を目指すビジョンを明確に示していないこと。
私達は3.11の事故から何を学んだのでしょうか。今まで「日本の原発は安全だ」と政府が繰り返し述べていた「原発の安全神話」が崩壊し、原発が安全性に大きな課題を抱えることを知らしめるには十分すぎる事故であったはずです。放射性物質によって福島をはじめとする各地の土壌・水・大気を汚染し、これらの地域に住む人々に甚大な被害と苦悩を与えたのが原発です。その原発を使って発電した電気を享受して豊かな生活を送る私たちは、反社会的勢力からの金銭を懐に入れて闊歩した芸人と同じ罪を犯しているような感覚を覚えます。
RE(Renewable Energy)100%社会への移行段階で原発の稼働は仕方ないという意見を時折耳にしますが、その間にも行き場のない「核のゴミ」を出し続けることを忘れてはいけません。また、この考えは経済性の観点からも明らかに不合理です。現在多くの原発が稼働を停止しており、再稼働をさせるためには追加の安全対策などに多額な投資をする必要があります。移行期間までの10~20年の稼働のために多額の投資をしても、通常40年の稼働を見込んでいる原発において十分な費用対効果があるとは考えにくいです。その費用を再生可能エネルギーの開発や電力システム改革などに投資するほうが、遥かに先見性があると思われます。
② 脱炭素社会の実現に向けて、現段階で不確実な技術革新(非連続なイノベーションと表現されている)に過剰な期待を寄せ、その実現を前提としたエネルギー戦略になっていること。
繰り返しになりますが、私達は3.11の事故から何も学んでいないように思われます。原発はCO₂を排出しない準国産のエネルギー源として、次世代を担う新エネルギー源として、その役割が期待されていました。しかし、国の原発政策は明らかに見切り発車でした。核燃料サイクル(核燃料を原発で繰り返し利用するシステム)の実用化を前提とした原発推進でしたが、2016年の高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉がこの核燃料サイクルの破綻を決定的なものにしました。そして今、行き場のない大量の核のゴミの処分方法について、頭を抱える事態に陥っています。
そして、今回の長期戦略でも懲りずに実用化にすら至っていない新技術に過剰な期待をしています。それらの技術がもたらす負の側面についてはおそらくまともな議論すらされていないでしょう。CCS(Carbon Capture and Storage:炭素回収貯蔵)はその一例ですが、まだ実証段階の開発途上の技術であるうえ、仮にその技術が確立されたとしても回収した二酸化炭素の保管をどうするのか、安全に確保できる保証はあるのかといった未知のリスクを多分に含んでいます。
他にも脱石炭の方針を明確にしなかった点など、本戦略に関しての問題点は枚挙に遑がありません。
エネルギー政策の早期見直しを
世界におけるエネルギー開発のメインストリームは明らかに再生可能エネルギーであり、原発や石炭火力は衰退の一途をたどっています。これは、下図に示される昨年の世界の電力部門への投資状況を参照すれば明らかです。ドイツは今年の1月に石炭火力を2038年までに全廃する方針を決定したことで、脱原発と脱石炭を同時に推進する国家となりました。世界のエネルギー政策を主導するドイツとは対照的に、世界の潮流を正しく見極められずにいるのが日本です。先見性のない今回の長期戦略に沿ったエネルギー政策を推し進めれば、将来的に日本にとって大きな損失をもたらすでしょう。パリ協定の目標達成に向けて世界が一丸となって取り組んでいく必要がある中、先進国としての役割を全く果たせていない日本に対してはこれまで以上にバッシングが増えることが予想されます。叩かれて続けて、ようやく目が覚めた時にはすでに手遅れ、なんてことにならないようしっかりと考え直してもらいたいものです。
出典
*1 再生可能エネルギーの便益が語られない日本- メディア・政府文書・学術論文における「便益」の出現頻度調査 -安田陽(2019)
参考文献
・パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(2019)
・プレスリリース「長期戦略の閣議決定 パリ協定の1.5℃目標と脱炭素社会づくりと整合を図り、 石炭火力全廃・再エネ100%に向け、直ちにNDC見直しに着手を」、気候ネットワーク(2019/6/11)
・「長期戦略提言:脱炭素社会ビジョンは評価できるものの、 非連続的なイノベーション依存での先延ばしは懸念」、WWFジャパン(2019/04/02)
・ポジションペーパー「CO₂回収・利用・貯留(CCUS)への期待は危うい -コスト・技術の両面から、気候変動対策の柱にはなり得ない」、気候ネットワーク(2019年6月)
・気候ネットワークブログ「特効薬か劇薬か?気候工学・ジオエンジニアリングへの懸念」(2019)
・「行き詰まった核燃料サイクル。『もんじゅ廃炉』で、日本のエネルギー政策はこれからどうなる?」、KOKOCARA(2018/3/1)