ネットゼロまでの「2つの転換点」―UNEP「Limiting Overshoot」を読んで考えたこと

ネットゼロまでの2つの転換点を、年間排出量のピークとネットゼロCO₂として表現したイメージ シナリオ

2026年9月2日、国連環境計画(UNEP)は「Limiting Overshoot: Navigating exceedance of 1.5°C and pathways towards return」を公表しました。

本レポートでは、長期的な世界平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えることが難しくなっている現状を踏まえ、1.5℃を一時的に超えた後、気温上昇のピークをできるだけ低く抑え、最終的に再び1.5℃以下まで戻すために何が必要かを整理しています。

UNEPは、この経路を「overshoot, peak and decline」と表現しています。

今回、このレポートの気温上昇の経路を見ていて、少し気になった点がありました。

それは、この経路を累積CO₂排出量の観点から考えると、ネットゼロに至るまでをもう少し細かく分けられるのではないか、という点です。

個人的には、累積排出量がピークを迎えるまでには、

「年間排出量を増加から減少へ転じさせる段階」

と、

「減少し始めた年間排出量をネットゼロまで下げる段階」

という、性質の異なる2つの段階があると考えています。

今回は「Limiting Overshoot」を題材に、この「2つの転換点」について考えてみます。

UNEP「Limiting Overshoot」が示す1.5℃オーバーシュート

UNEPは、現在の政策や短期的な排出経路の下では、長期的な気温上昇が1.5℃を超えることは広く避けがたいと評価しています。

一方で、1.5℃を超えること自体を安全な状態として捉えているわけではありません。

気温上昇のピークが高くなり、1.5℃を超えている期間が長くなるほど、人や自然へのリスクは大きくなります。

そのため、オーバーシュートをできるだけ小さく、短くし、可能な限り早く1.5℃以下へ戻すことが重要になります。

UNEPは、この経路を「overshoot → peak → decline」と整理しています。

気温上昇と累積CO₂排出量の関係

CO₂による気温上昇を考えるうえでは、「1年間にどれだけ排出したか」だけでなく、「これまでにどれだけ排出してきたか」が重要になります。

IPCC第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書では、人為起源CO₂の累積排出量と、それによる世界平均気温の上昇には、ほぼ線形の関係があると整理されています。

AR6では、人為起源CO₂を1,000GtCO₂排出するごとに、世界平均気温は0.27~0.63℃上昇し、最良推定値は0.45℃とされています。詳しくはIPCC AR6 Working Group I Summary Volumeで確認できます。

もちろん、実際の気温はCO₂だけで決まるものではありません。

メタンなどその他の温室効果ガスやエアロゾルも影響します。また、ネットネガティブとなるような経路では、累積CO₂排出量と気温の関係にも不確実性があります。

そのため、UNEPが示す気温上昇の経路と、累積CO₂排出量の経路が完全に同じ形になるわけではありません。

ただ、大まかな関係を考えるうえでは、気温上昇の経路を累積CO₂排出量の観点から読み替えてみると分かりやすいように思います。

ネットゼロまでの「2つの転換点」

ここからが、今回の記事で最も考えてみたかった点です。

ネットゼロまでの道筋を、年間CO₂排出量と累積CO₂排出量の関係から考えると、2つの異なる転換点に分けることができます。

年間排出量と累積排出量の関係

少し数学的な話も出てきますが、この記事では「2つの転換点」を理解するために必要な部分だけにとどめます。

年間排出量のグラフの面積がなぜ累積排出量になるのか、といった微分・積分を使った詳しい説明については、別の記事で取り上げる予定です。

累積CO₂排出量を (C(t))、年間CO₂排出量を (E(t)) とすると、

[C'(t)=E(t)]

という関係になります。

数式が苦手な方は、**「累積排出量のグラフの傾きが、その時点の年間排出量に相当する」**とだけ理解していただければ十分です。

年間排出量が増加している間は、累積排出量のグラフの傾きも大きくなっていきます。

そのため、累積排出量は下に凸の形になります。

その後、年間排出量がピークを迎えて減少に転じると、累積排出量そのものは引き続き増加しますが、増加のペースは徐々に小さくなります。

年々の変動をならした概念的な排出経路で考えれば、年間排出量のピークは、累積排出量のグラフの変曲点に相当します。

ただし、この時点ではまだ年間排出量はプラスです。

したがって、年間排出量が減少していても、累積排出量そのものは増え続けます。

累積排出量がピークを迎えるのは、年間のネットCO₂排出量がゼロになるとき、つまりネットゼロCO₂に到達したときです。

なお、下の概念図では累積CO₂排出量をゼロから始めていません。

図の開始時点以前にもCO₂はすでに排出され、累積しているためです。

ここでは絶対的な累積量ではなく、年間排出量の変化によって累積排出量の傾きや曲がり方がどう変化するかに注目してください。

年間CO₂排出量のピークを第1の転換点、ネットゼロCO₂を第2の転換点として、累積CO₂排出量との関係を上下2段で示した概念図
図1|年間CO₂排出量と累積CO₂排出量の関係:2つの転換点
年間排出量がピークを迎える第1の転換点では、累積排出量の増加ペースが拡大から縮小へ転じる。その後も年間排出量がプラスである限り累積排出量は増加し、第2の転換点であるネットゼロCO₂でピークを迎える。
注:概念図。年間排出量の推移を平滑化した経路として示している。横軸の位置・間隔は実際の年数や目標年を示すものではない。累積排出量の開始水準も実測値ではなく、図の開始時点以前にすでに排出が累積していることを示すための概念値。
出所:筆者作成

このように見ると、ネットゼロまでには、

1つ目に、年間排出量そのものを増加から減少へ転じさせる段階。

2つ目に、減少し始めた年間排出量をさらにネットゼロまで下げる段階。

という2つの転換点があることが分かります。

第1の転換点|年間CO₂排出量をピークアウトさせる

最初の転換点は、世界の年間CO₂排出量がピークを迎え、増加から持続的な減少へ転じることです。

この時点では、累積排出量はまだ増加しています。

それでも、「毎年の排出量が増え続けている状態」と「毎年の排出量が減っている状態」では、ネットゼロに向けた意味合いが大きく異なります。

世界のCO₂排出量はピークアウトに近づいているか

では、実際の世界は今どの段階にいるのでしょうか。

Global Carbon Budget 2025によると、2024年の世界の総人為起源CO₂排出量は42.4GtCO₂でした。

長期的に見ると、排出量の増加ペースは以前より鈍化しています。土地利用変化を含む総人為起源CO₂排出量の平均増加率は、2005~2014年の年間1.9%に対して、2015~2024年には年間0.3%まで低下しています。

一方、化石燃料・産業由来CO₂排出量は2024年に37.8GtCO₂となり、2023年から1.1%増加しました。2025年についても、さらに1.0%増加して38.1GtCO₂になると見込まれています。

2025年の総人為起源CO₂排出量は42.2GtCO₂と、2024年をわずかに下回る暫定推計となっています。ただし、これは主に土地利用変化由来排出量の減少が、化石燃料・産業由来排出量の増加を上回るためです。

2005年から2024年までの世界の年間CO₂排出量について、化石燃料・産業由来CO₂と土地利用変化を含む総人為起源CO₂を比較した折れ線グラフ
図2|世界の年間CO₂排出量の推移(2005~2024年)
化石燃料・産業由来CO₂排出量、土地利用変化を含む総人為起源CO₂排出量ともに、増加ペースには変化がみられるものの、2005~2024年の推移からは明確なピークアウトを確認できない。
注:総人為起源CO₂排出量は、化石燃料・産業由来排出量と土地利用変化由来排出量を含む。年ごとの排出量には変動があるため、単年の増減ではなく中長期的な傾向に着目している。
出所:Global Carbon Project, Global Carbon Budget 2025 をもとに筆者作成

この図を見ると、両系列には年ごとの変動や増加ペースの違いはあるものの、少なくとも現時点で、世界のCO₂排出量が明確な減少局面へ移行したとは言いにくい状況です。

土地利用変化を含む総人為起源CO₂排出量は、この10年ほどで増加ペースが大きく鈍化しています。しかし、ピークを越えた後に持続的な減少が始まったと判断できる段階にはまだ至っていません。

化石燃料・産業由来CO₂排出量については、より明確に、長期的な増加傾向が続いています。

したがって、今回考えている「第1の転換点」、すなわち世界全体の年間CO₂排出量がピークを迎え、持続的な減少へ転じる段階には、まだ到達していないと考えるのが妥当でしょう。

経済成長とCO₂排出削減は両立できるか

第1の転換点について考えるとき、もう一つ注目したいのが、経済成長とCO₂排出量の関係です。

GDPが成長する一方で、CO₂排出量の増加率がGDPの成長率を下回る状態を「相対的デカップリング」、GDPが成長する一方でCO₂排出量そのものが減少する状態を「絶対的デカップリング」と考えることができます。

世界全体では、すでに相対的なデカップリングは進んでいます。

IEAのGreenhouse Gas Emissions from Energy Data Explorerを見ると、2000年以降、世界GDPは燃料燃焼由来CO₂排出量よりも速いペースで増加しています。

つまり、経済活動1単位当たりのCO₂排出量は低下してきました。

2000年を100として指数化した世界GDPと燃料燃焼由来CO₂排出量の推移。GDPの増加がCO₂排出量の増加を上回っている
図3|世界GDPと燃料燃焼由来CO₂排出量の推移(2000年=100)
2000年以降、世界GDPは燃料燃焼由来CO₂排出量を上回るペースで増加しており、相対的デカップリングが進んでいる。一方、CO₂排出量そのものは増加しており、世界全体では絶対的デカップリングには至っていない。
注:GDPはPPPベース。CO₂排出量は燃料燃焼由来であり、土地利用変化由来排出量などは含まない。GDP指数は、IEA公表の燃料燃焼由来CO₂排出量およびCO₂/GDPをもとに算出した概算値。2000年を100として指数化している。
出所:IEA, Greenhouse Gas Emissions from Energy をもとに筆者作成

直近のデータを見ても、この傾向は続いています。

IEA「Global Energy Review 2026」によると、2025年の世界GDPは約3.1%増加した一方、エネルギー関連CO₂排出量は約0.4%の増加でした。

経済成長に比べてCO₂排出量の伸びはかなり小さくなっています。

ただし、ここで重要なのは、相対的デカップリングと絶対的デカップリングは異なるという点です。

世界の経済活動が拡大する中でCO₂排出量の伸びを抑えることには意味がありますが、CO₂排出量そのものが増加している限り、累積排出量も増え続けます。

今回考えている「第1の転換点」は、さらに一歩進んで、

世界経済が成長を続ける中でも、世界全体の年間CO₂排出量そのものを減少へ転じさせること

です。

世界全体で経済成長とCO₂排出量の絶対的デカップリングを実現する、と捉えることもできます。

もちろん、CO₂排出量はGDPだけで決まるものではありません。

Kaya Identityで考えれば、CO₂排出量は「人口」「1人当たりGDP」「GDP当たりのエネルギー消費量」「エネルギー当たりのCO₂排出量」といった要素に分けることができます。

したがって、経済活動や人口が増える中でも、エネルギー効率の改善やエネルギーの低炭素化などによって、世界全体の年間排出量を減少へ転じさせる必要があります。

その意味でも、世界の年間CO₂排出量が明確な減少局面へ入ることは、ネットゼロに向けた一つの重要なマイルストーンと考えてよいのではないでしょうか。

第2の転換点|ネットゼロで累積排出量の増加を止める

年間排出量が減少に転じても、それだけでは累積CO₂排出量は減りません。

例えば年間排出量が、

40 → 30 → 20 → 10

と順調に減っていたとしても、その間にも新たなCO₂は排出されています。

そのため、累積排出量の増加を止めるには、年間のネットCO₂排出量をゼロまで下げる必要があります。

ここが2つ目の転換点です。

年間排出量のピークは、「累積排出量の増え方」が変わる転換点。

ネットゼロCO₂は、「累積排出量そのものの増加」が止まる転換点。

この2つは似ているようで、意味するところはかなり違います。

個人的には、ネットゼロという最終的な目標だけを見るのではなく、その手前にある「年間排出量のピーク」についても、世界の脱炭素化の進捗を見るうえで意識してよいのではないかと思います。

ネットゼロの先|ネットネガティブで累積排出量を減らす

「Limiting Overshoot」では、ネットゼロの先まで考える必要があります。

一度1.5℃をオーバーシュートした後、気温を再び低下させるためには、ネットゼロCO₂に到達するだけではなく、その後、持続的なネットネガティブCO₂を実現する必要があります。

UNEPは、CDR(Carbon Dioxide Removal:二酸化炭素除去)は、排出削減の代替ではなく、深い排出削減を補完する形で必要になると整理しています。

また、CDRにはリスクやトレードオフがあり、その実現可能性にも制約があります。

累積排出量の観点から見ると、この関係は比較的シンプルです。

年間ネット排出量がプラスなら、累積排出量は増える。

ネットゼロなら、累積排出量はピークを迎える。

ネットネガティブになれば、累積ネットCO₂排出量は減少する。

UNEPが示す「overshoot, peak and decline」をCO₂排出量の観点から見ると、ネットゼロはゴールではなく、累積排出量が増加から減少へ転じるための重要な境目でもあることが分かります。

まとめ|「2つの転換点」で見るネットゼロへの道筋

今回のレポートを読んで改めて感じたのは、1.5℃を超える可能性が高まったからといって、排出削減の重要性が小さくなるわけではないということです。

むしろ、オーバーシュートを前提に考えるのであれば、どこまで気温上昇のピークを抑えられるのか、どれだけ早くピークアウトできるのか、そしてどれだけ早く気温を低下へ転じさせられるのかという時間軸が、これまで以上に重要になります。

CO₂排出量の観点から見ると、その道筋は次のように整理できます。

まず、年間排出量をピークアウトさせ、増加から減少へ転じさせる。

次に、減少した年間排出量をさらにネットゼロまで下げ、累積排出量の増加を止める。

さらに、オーバーシュートした気温を低下させるためには、その先でネットネガティブを実現する。

このうち、ネットゼロまでの道筋を、

「年間排出量を増加から減少へ転じさせる段階」

と、

「減少した年間排出量をネットゼロまで下げる段階」

の2つに分けて考えると、世界が現在どの段階にいて、次に何を目指す必要があるのかが整理しやすくなります。

世界の年間CO₂排出量が明確な減少局面に入れば、それはまだネットゼロではありません。

しかし、それはネットゼロに向けた最初の大きな転換点です。

その先で排出削減を続け、ネットゼロ、そしてネットネガティブへ進めるか。

UNEPの「overshoot, peak and decline」を累積CO₂排出量の観点から読み直すと、その道筋が少し違った形で見えてくるように思います。

参考文献

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